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アクティブ・レンジャー日記 [中部地区]

中部地方環境事務所のアクティブ・レンジャーが、活動の様子をお伝えします。

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国指定藤前干潟鳥獣保護区 名古屋

255件の記事があります。

2009年09月03日藤前干潟もうひとつの物語Ⅴ 「天を仰ぎて・・・」

国指定藤前干潟鳥獣保護区 名古屋 アクティブレンジャー 玉津佐知子

 「天に仰ぎて唾す」ということわざがあります。その意味は、「天に向かって唾をすれば顔にかかるように、悪いことをすると、かえって自分がひどい目に会う」。
 唐突に、なぜこんなことわざを書いてしまったのかというと、鳥獣保護区に捨てられたゴミを見た時、不意に浮かんできたからです。
 自然をないがしろにすると、いつかひどい仕打ちが返ってくる・・・。そんな思いがこみ上げてくるほど、捨てられたゴミはひどいものでした。
 

  ◇干潮時の藤前干潟

 どこの自然保護官事務所でも同じ悩みを抱えているのではないか、と思いますが、名古屋自然保護官事務所の気がかりは、ゴミが与える野生生物への影響。というのも、かつて釣り人が捨てていった釣り糸に鳥がひっかかり命を落としたことがあったからです。

 まず目につくのが、ペットボトルに代表される漂着ゴミの多さ。夏場は一緒にビーチサンダルが流れてくることもあります。その他、消火器やタイヤが泥まみれになって河川岸に打ち寄せられていることもありました。
 しかしこれはまだ序の口。人目のつかない割合が高くなるほど、モラルが低下するようで、チューブやホースといった産業廃棄物。ふとん、家具、テレビ、冷蔵庫、洗濯機といった生活用具が、山となってあちこちに点在しています。


  ◇目を覆いたくなるゴミ

 実は、名古屋自然保護官事務所は、ゴミ問題がきっかけとなって誕生した、と言っても過言でないほど、藤前干潟は深くゴミ問題に関わってきました。
 1984年日本最大規模の渡り鳥の飛来地「藤前干潟」に名古屋市の「ゴミ最終処分場」計画が持ち上がり、市民運動をきっかけに、環境への関心が高まり、環境庁(当時)など行政の努力を経て、2002年11月、国指定の鳥獣保護区、そしてラムサール条約に登録されます。こうして、05年に名古屋自然保護官事務所は誕生したからです。
 
 
  ◇秋の訪れを告げるアオアシシギ
  
 ゴミの処理場計画からも守られた鳥獣保護区藤前干潟を、今度は不法投棄のゴミから守るため、名古屋自然保護官事務所では、この度「不法投棄防止」の看板を設置しました。
 「天を仰ぎて唾す」。自然をないがしろにして、仕打ちを受けないよう、残された自然を大切にしていきたい、と考えています。

 地球を考える会議「COP10」まであと1年とわずか。
 

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2009年07月16日藤前干潟もうひとつの物語Ⅳ 平和への祈り

国指定藤前干潟鳥獣保護区 名古屋 アクティブレンジャー 玉津佐知子

 8月が近づくと、日本はある悲しみに包まれます。あの第二次世界大戦の記憶が蘇る人がいるからです。
 干潮時には底生生物が顔を出し、渡り鳥が戯れ休み、満潮時になると魚が銀鱗を踊らせる藤前干潟。生きとし生けるものが集うのどかな楽園にも、戦争の歴史が刻まれていました。
 「永徳スリップ」。海に伸びた滑走路の存在を知る人は、今どれほどいるのでしょうか?



 *永徳スリップ。遠くに見えるのが名港トリトン。

 名古屋市港区永徳町。この住所は今、名古屋市にありません。変わって付けられた地名は、名古屋市港区野跡。そう、名古屋自然保護官事務所があるところです。実はこの周辺は、第二次世界大戦時、名古屋史上に残る壊滅的な被害を受けた場所でもありました。




 *このスリットを使って、艦上攻撃機は水上に降ろされた。

 今から69年前、名古屋を初の空襲が襲います。B-25爆撃機によるドーリットル空襲が行われたのです。戦時下、アメリカ軍が襲撃目標としたのが、航空機関係の工場。その当時名古屋には、三菱発動機大幸工場(のちの三菱重工名古屋工場。跡地は現在・名古屋ドーム)と愛知航空機(現・愛知機械工業)という二つの工場がありました。
 まず狙われたのが、三菱発動機大幸工場。この攻撃は天候の関係で思うようにいかず、執拗に爆撃を繰り返したと言われています。
 続いて攻撃の的となったのが、愛知航空機の船方工場と永徳工場。愛知航空機では、海軍が誇る艦上攻撃機を製造していました。「熱田空襲」という名がつけられるほど激しかったこの空襲は、永徳工場の爆破で幕を閉じるのでした。


 *永徳スリップと赤い屋根の建物が稲永スポーツセンター。
   この周辺に愛知航空機永徳工場があったと思われる。

 藤前干潟周辺を歩いていると、海に向かって伸びる滑走路に似たコンクリートの塊が目につきます。「永徳スリップ」と呼ばれるそのスロープから、愛知航空機永徳工場で製造された艦上攻撃機「瑞雲」・「晴嵐」が水上へと降ろされていったそうです。
 永徳スリップの北側はすでに破壊され、残った南側が当時の状況を伝えるのみとなっていますが、ヒビ割れたスリップは、今、藤前干潟に生きるカニや底生生物の休息所となっています。戦争の遺物が新しく芽生えた命を支える不思議。気がつくと、空に向かって平和を祈っていました。
~COP10まであと1年と2か月~
















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2009年06月18日藤前干潟もうひとつの物語Ⅲ「男の顔」

国指定藤前干潟鳥獣保護区 名古屋 アクティブレンジャー 玉津佐知子

 朝、恒例の巡視で一匹の鳥がわたしの頭をかすめるように飛んでいきました。黄色いクチバシをした、翼と尾羽が細くとがった小ぶりの鳥。藤前干潟の初夏の主役コアジサシです。


 
 実はこの時期のコアジサシのおとうさんは、大忙し。なぜなら妻や生まれたばかりのこ子どもに餌を運ばなくてはならないからです。 
コアジサシは、海岸や埋立地、川原などの砂地や礫地にコロニー(集団繁殖地)を作り、繁殖します。春、つがいとなり、子どもが生まれるのがちょうどこの時期。藤前干潟で餌をとっては、妻や子の待つコロニーに運びます。
 出動タイムは、干潟の潮が引き始める干潮前。水深が低くなればなるほど獲物を狙いやすくなるからです。しかもこの時期の干潟は、ボラの稚魚が泳ぎ回る絶好のエサ場。水面から5~7メートルぐらいの上空から水面を見ながら停空飛行し、これはという魚をみつけると、猛スピードでダイビングして魚をとらえます。その様子から、鯵刺(あじさし)という名前が付いた、ともいわれています。


 
思えば、コアジサシのオスは、春から餌を捕り通しです。春の繁殖前は、メスへの求愛のために。そしてめでたくペアになったら今度は妻のため、子どものために・・・。
 水中に果敢にダイビングするその顔は、まさに男の顔でした。久しぶりにたくましい男の顔を見た気がしました。



 6月の下旬になると、子どももようやく飛べるようになり、おとうさんは、妻と雛をつれ、藤前干潟に餌をとりにくるというから、今から楽しみです。コアジサシの餌取りは、例年でいうと、7月上旬まで見られるとか。先週は350羽のコアジサシが確認されたそうです。  
 生きとし生けるものが集う藤前干潟にこの機会にぜひ遊びにきてはいかがでしょうか?
 それではまたアクティブレンジャー日記でお会いしましょう。
 ~COP10まであと1年と3か月~

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2009年06月05日藤前干潟もうひとつの物語Ⅱ「ある愛の詩」

国指定藤前干潟鳥獣保護区 名古屋 アクティブレンジャー 玉津佐知子

 今、藤前干潟は、シギ・チドリ類、カモ類も旅立ち、干潟そのものを見るには絶好のチャンスの時期でもあるのですが、鳥が渡ったあとの干潟というのは祭りが終わったあとの静けさというのか、メインディッシュのないコース料理というのか、まぐろのない寿司というのか、ちょっと寂しい状態・・・。
 そこで今日は、鳥気のない干潟で見つけた「ある愛の物語」をお話したいと思います。


*鳥気配の消えた藤前干潟は愛を語るのに絶好のポイントだ!

 主人公の名は、ガー君。3年前の大雨で上流から流れてきたアヒルです。そしてそのお相手は、カモのカモ美ちゃん。両親が情熱家だったのでしょう。体はマガモ。顔はカルガモをしています。そんな両親の種を超えた愛から生まれたカモ美ちゃんなのですが、実は羽根を痛めていて、飛ぶことができません。仲間と一緒に繁殖地に旅立つことができなかったのです。そして一方のガー君にもまた悲しい過去がありました。藤前干潟で契りを結んだメスのカモたちは、時期が来るとみな旅立っていきました。まるで「一時期の遊びよ」と、いわんばかりに・・・。


*ガー君はカモ美を守るかのようにいつも寄りそっている。

 そんな傷ついた羽を持つカモ美ちゃんと、傷ついた心を持つガー君。この二羽が出会い、惹かれあうのは当然と言えば当然のこと。いつの頃から、並んで餌をついばむ姿がみられるようになりました。
 時折食事を止めては、「ちゃんと食べているか」というような表情で、食事に夢中なカモ美をみつめるガー君。その姿は、ようやく伴侶に巡り合えた喜びをかみしめているようでもあり、わたしの胸を熱くさせるのでありました。


*カモ美は、羽根を痛めているが、よくよく見ると美形。ガー君が夢中になるのも無理はない。
 
 今もしあなたが少し疲れている、と感じたら、藤前干潟にガー君とカモ美を見に遊びにきませんか?心がほのぼのすること、うけ合いです。
 それではまたアクティブレンジャー日記でお会いしましょう。
 ~COP10まであと1年3か月~


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2009年05月27日藤前干潟もうひとつの物語Ⅰ「尾張前寿司を作ろう」 

国指定藤前干潟鳥獣保護区 名古屋 アクティブレンジャー 玉津佐知子

 はじめまして。名古屋自然保護官事務所の新人ARの玉津佐知子です。
わたしの勤務する名古屋自然保護官事務所は、ラムサール条約登録湿地である藤前干潟が目の前に拡がる伊勢湾の奥部にあります。
藤前干潟というと「渡り鳥の中継地」という人もいれば、ゴミ処分場として埋め立て計画が断念された経緯から「環境の代名詞」という人もいます。
 しかし採用が決まって思い出されたのは、かつての仕事で訪ねた寿司屋の大将の「伊勢湾は、江戸前寿司のネタの宝庫なんだけど、名古屋人はそれを知らないんだよね」という一言でした。
 なぜ伊勢湾が江戸前寿司の宝庫なのか・・・。ひょっとしたらそれは藤前干潟と関係があるのか?きょうは、そんな話をしたいと思います。


*藤前干潟と海上斜張橋の「名港トリトン」。やがて第二東名・名神高速道路とつながる予定。

 まず「江戸前」をひもとくと、江戸城前面の海で捕れた魚、後に東京湾で捕れた魚介に拡がった、とありました。 そして、「江戸前寿司」は、東京湾で捕れた魚介類の生ものをメインに、コハダ、鯖などをしめたもの、煮穴子や蒸しエビなどの火を通したもの、卵焼きなどの「ネタ」と酢飯を握りあわせたものを言い、世界共通語の「SUSHI」はこの江戸前寿司を指すということでした。
 そういえば、桶寿司といったら、赤身、白身、車エビ、シャコ、そして貝がつきもの。実は、白身を代表するカレイと車エビ、貝は干潟と密接な関わりを持っていたのです。

 ご存じの方も多いと思いますが、干潟には川と海から有機物が流れ込み、潮の干潮による酸素の供給もあって、その底には有機物やそれを分解するバクテリアが生息しています。プランクトンやカニ、貝はこれらを食べて成長し、こうした底生生物を魚や鳥などが餌にします(藤前干潟が渡り鳥の楽園といわれる所以ですね)。
 寿司屋の大将が言うのは、伊勢湾で捕れた青柳(貝の一種)は、東京湾以上のおいしさだそうで、それを名古屋人が知らないことが歯がゆい様子でしたが、おいしさの秘密は、ここにあるのかもしれませんね。
 そして続いてシャコや車エビですが、幼生のある時期を干潟の泥の中で過ごし、カレイは干潟を産卵場所にしているというから驚きです。


*同僚が潮干狩りで採ってきた青柳。通称「バカ貝」と呼ばれている。

 今、名古屋市内に漁師さんはいませんが、名古屋の近郊伊勢湾を望む知多半島には漁業の盛んな地区があり、知多半島の市場に行くと、活きのいいクルマエビやカレイ、そしてシャコを目にすることがあります。そういえば、名古屋と言えば「エビフライ」。愛知県の魚は「車エビ」。これが藤前干潟と関係してのことだとしたら、楽しいですよね。
 徳川家康が、地元の名古屋に幕府を開いてくれたら、寿司は江戸前ならぬ「尾張前寿司」になっていたかもしれないと思うのは、郷土愛からですが、もし名古屋に来る機会があったら、きしめん、味噌カツ、味噌煮込みに加え、車エビやカレイ、シャコといった伊勢湾育ちの魚も食べていってくださいね。
 それではまたアクティブレンジャー日記でお会いしましょう。
~COP10まであと1年3ヶ月~

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