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中部地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [中部地区]

登山道の話

2024年12月27日
万座 小栗広之
歩き慣れた登山道があると、見慣れた道だけど、少しずつ変化していることに気づくことがあるかもしれません。
以前は何の気なしに歩いていた石の段差や階段が、意識しないと上れない高さになっていたり、前は無かった道や踏み跡がついているのを目にしたりすることがあります。
 
下の写真は、黒斑山の登山道の一部です。木の棒が地面ではなく空中を渡り、ハードルのようになっています。この階段は2017年に直されましたが、7年経過する間に、雨で水が流れ、少しずつ地面を掘っていったのでしょう。すると、通るためには足を上げ、跨ぐ必要のある、歩きにくく不便な道へと変わってしまいました。

ハードルのようになった階段


次の写真は黒斑山の違う登山道の写真です。
ここは人が歩いて植物がなくなったところに、水が集まって登山道沿いを流れ、地面をどんどん掘っていったと思われます。そして、V字に切れ込んだ地形となり、さらに深く深く掘られていきます。V字に切れ込んだ地面の側面は植物が生育するには角度が急すぎるためか、植物が育たず、地面が剥き出しで横方向にも水による浸食が進みやすい状態となります。

V字に切れ込んだ地面


横方向に浸食が進むと、地面の下を空洞化させます。空洞化が進むと上にあった地面が落ち、さらに浸食が広がります。

空洞化が進む地面

このままでは山が崩れていくばかりか、登山者にも危険な状態ですので、階段を夏前に修繕をしました。
前回と同じ方法では、また同じ結果になることが想定されますので、今回は違う手法を選択しました。それは、河川で使われていた工法からヒントを得た近自然工法です。
近自然工法とは、自然界の構造を施工に取り入れ、生態系を復元させる方法です。これまでは、人が歩きやすくするように道を整備することが重視されてきましたが、その結果は上の写真で見てもらった通りで、自然との折り合いが悪く道が荒れてしまう場合が多いです。
近自然工法では、生態系を復元させることを重視するため、その場に馴染むように整備され、結果的に長く使える登山道を目指します。
近自然工法で整備した登山道は、歩きにくい道になるのかと言ったらそうではありません。歩きにくいと、登山道から外れる人が出て山へダメージを与えてしまいます。そうならないように、人がどう歩くかを考えながら、自然と歩いてほしい道へ誘導するように整備するので、結果的に歩きやすい道にもなります。

近自然工法で整備した階段


そんな人にも自然にも優しい近自然工法でも問題はあります。それは、山を観察し道を作る非常に高度な知識や技術を要求されることです。難しさに拍車をかけるのも、その場にある素材を利用して施工を行うため、山によって使えるものが全く異なる点も挙げられ、今まで培ったものを応用する必要が常にあります。また、それができる人は非常に希少なため、人材が不足しています。
その他にも、生態系の復元も長い年月がかかるため、成果が現れるのにも時間がかかるため、今回の施工方法が正しかったかの答え合わせも完成した時にはわかりません。
 
新たな人材の育成として、先日地元の人向けに講習会も開いてもらい、考え方や直し方のレクチャーを受けました。それを踏まえて、地元の人と連携し直し始めたところもあります。下の写真がそうです。
 
浸食を止めるために砂が溜まるところを作成

段差を大きくしないように階段を作成。(左:作成前 右:作成後)
 
実際にやってみると、登山道を見る目が変わります。何気なく歩いていたところも大きなダメージを受けていることや、自然と折り合いがついている良い道があることに気づくこともあり、講習会を開いてもらったこと、実際に直しているところを見せてもらったことは非常に貴重な経験となりました。
 
登山道を直すのは、労力や知識が必要ですし、手続き等のハードルが高いです。
ですが、持続可能な自然や登山道を維持するために、まず問題に関心を持ってもらい、登山道を外れない、ストックにキャップをつける等、誰でもできることから始める人が増えていくことを願います。
 
複線化の影響で裸地(剥き出しの地面)が広がった様子