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中部地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [中部地区]

船越ぞうりと生物多様性の保全

2023年12月22日
伊勢志摩国立公園 天満理恵

みんなに知ってほしい。大切な生物多様性。

 私たちの地球には、目に見えない細菌からゾウのような大きなものまで、3000万種もの生き物がいるといわれています。すべての生き物は長い歴史の中、異なる環境下で自分たちの居場所を見つけながら、共に進化してきました。アリもハトも、ライオンもヒトも、タンポポも柿の木も、バクテリアも、それぞれの個性を認め合い、お互いにつながり、直接的・間接的に支え合ってきたからこそ、私たちはいま存在しているのです。このことを生物多様性と呼びます。私たち人間もきれいな水や空気、食料や薬の原料をはじめ、さまざまな生物多様性の恵みを受け取っています。毎日の食事や医療、文化、産業のどれをとっても、自然の恵みがなければ成り立ちません。(注1)


(海藻の森・もちろん海の中にも生物多様性はあります)
 

生物多様性に迫る4つの危機

 ところが、生物多様性には4つの危機が迫っています。
  第1の危機は「人間活動による、開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生育地の減少」です。食用・鑑賞などのための乱獲や埋め立てなどの開発によって、生息環境が悪化・破壊されています。
  第2の危機は「里地里山の手入れ不足など、人間活動が行われなくなったことによる自然の質の低下」です。第1の危機とは逆に、生活様式の変化や過疎化によって、薪にするための伐採や茅葺き屋根の材料の採草が行われなくなり、人と共存していた動植物が絶滅の危機にさらされています。また、狩猟を行う人が減ったため、シカやイノシシなどの数が増え、地域の生態系に大きな影響を与えています。
  第3の危機は「外来種などの持ち込みによる生態系のかく乱」です。人が持ち込んだ外来種が、在来種を捕食したり、生息場所を奪ったり、交雑して遺伝的な攪乱をもたらしたりしています。また、化学物質の中には動植物への毒性をもつものがあり、それらが生態系に影響を与えています。


(赤丸が湿地に侵入した外来種のホテイアオイ)

 第4の危機は「地球環境の変化による危機」です。地球温暖化のため、氷が溶け出す時期が早まったり、高山帯が縮小したり、海面温度が上昇したりする現象がみられます。平均気温が1.5~2.5℃上昇すると、動植物の20~30%は絶滅のリスクが高まるといわれています。(注2)
 

トキソウを守ろう!

 ここ、伊勢志摩国立公園でも生物多様性の保全は重要な課題となっています。三重県南部、先志摩半島の付け根に位置する「船越大池」は、生物多様性保全の観点から重要度の高い湿地(重要湿地)に指定されており、ここに生育する「トキソウ」というラン科の小さな紫色の花を咲かせる植物の数が減少しています。トキソウは明るい湿地に生えますが、日本全体では、多くの湿地が開発によって失われている(生物多様性の第1の危機)ことから、トキソウは絶滅のおそれがある植物として、環境省のレッドデータブック(環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室 2015 、以下国RED)では準絶滅危惧(NT)に、三重REDでは絶滅危惧Ⅱ類(VU)に選定されています。


(船越大池(三重県志摩市大王町船越))


(トキソウ 2005年5月29日山本和彦氏撮影)

 では、船越大池の湿地の生息環境は守られているのに、なぜトキソウは減少しているのでしょうか。
 植物の成長には日光が欠かせません。植物は日光を求めて常に競争していますが、トキソウは背の低い植物なので、アンペライという別の植物との競争に負けてしまっているのです。


(湿地に繁茂するアンペライ)
 

トキソウが競争に負けたのは、なぜ?

 アンペライ(別名ネビキグサ)は湿地に生えるカヤツリグサ科の在来種です。畳の材料になる「い草」に似ている植物で、かつての船越大池では、畑で野菜の下に敷くなど耕作に利用したり、ぞうりの材料に使用したりするため、地域の人々によって定期的に刈り取られていました。このため、背の低いトキソウは、競争相手であるアンペライが増殖できないため、生育することができたのです。しかし、生活様式が変化し、アンペライが刈り取られなくなってどんどん拡大したため、トキソウの生育場所が縮小していきました。これは、人々の手が入らなくなることで起こる「生物多様性の第2の危機」にあたります。


草高1.5mほどのアンペライの株元から貧弱な葉だけを出しているトキソウ(白枠内の細長い葉)。
 

地域で守る地域の自然。

 そこで、伊勢志摩国立公園管理事務所では、地域の人々と協働して船越大池のアンペライを刈り取り、刈り取ったアンペライでぞうりづくりを行い、地域の人々と船越大池のかつての関わりを取り戻そうとしています。これによって、トキソウの生育環境を守るとともに、製作したぞうりを販売し、収益を刈り取り費用やぞうりづくりの費用に充てることで、保護と利用の好循環の仕組みづくりにつなげたいと考えています。


(地域の方々によるアンペライの刈り取り、加工作業のようす)


(アンペライで作ったぞうり・船越ぞうり)

誰でも参加できるぞうりづくりによって、自然を守る、生物多様性を守る活動を始めることができます。みなさんも、身近な自然に目を向けてみてはいかがでしょうか。
 
注1 環境省発行「ecojin 2023年7月号」より引用・抜粋
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/oecmsites/20230719.html

注2 環境省HP「生物多様性・生物多様性に迫る危機」より引用・抜粋
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/index.html

参考文献 令和5年度伊勢志摩国立公園船越大池植生保全のための手引書作成業務報告書
      (環境省中部地方環境事務所)