野生生物の保護管理
こちらは、野生生物課が担当しております。
野生生物課では、地域の産業や生活との共存を図りながら、多様な野生生物の保護管理を行うとともに、外来生物対策等に取り組んでいます。
歴史的経緯(保全の取り組み)について
1.藤前干潟保全までの歴史的経緯
藤前干潟は過去、ゴミ処分場計画のため埋立の危機にさらされました。藤前干潟における埋立計画の策定から計画の断念までの歴史的経緯の年表を以下に示します。
名古屋市の動き | 保護運動 | 環境省(庁)の動き | |
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1950~70年 | ゴミ処分場確保のため、藤前干潟(105ha)(西1区)埋立計画を名古屋港港湾工事に盛り込む。 以降、環境への配慮から埋立計画面積を徐々に縮小する。 |
1987年藤前干潟を守る会発足 | |
1990年 | ↓ | 湾港審議会で藤前干潟(西1区)に関して環境配慮意見 | |
1991年 | 名古屋市議会に埋立中止請願及び10万人署名提出。 | ||
1994年 | 埋立計画を46.5haに縮小。 環境影響評価手続開始。 |
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1996年 | 環境影響評価準備告示。 | 環境影響評価準備書に対する意見が国内外から60通。 | 鳥獣保護区の設定を検討。 |
1998年 | 環境影響評価所を公表。その中で、環境への影響は明らかであるとし、代償措置として人工干潟の造成を提示。 | 藤前地区で実施された住民投票では反対が圧倒的多数。 | 「藤前干潟における干潟改変に対する見解」で代替措置として人工干潟は認めないとの見解を示す。 |
1999年 | 埋立計画を断念。 |
2.藤前干潟保全の社会的意義
藤前干潟は周囲を大都市、港湾などに囲まれており、周辺臨海部において大規模な埋立が進められた中でわずかに残された干潟です。ゴミ処分場計画に伴う藤前干潟の埋立計画の中止を契機に名古屋市ではゴミの分別回収が進み、2000年には前年比で23%のゴミ減量に成功しました。このように藤前干潟は自然環境の保全上重要な場となっただけでなく、大都市が循環型社会への取組みを大きく推進させる転機となったという大きな社会的意義を併せ持つ場となりました。