タカネヒカゲ八ヶ岳亜種保護増殖事業
1.タカネヒカゲ八ヶ岳亜種とは
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写真1 タカネヒカゲ八ヶ岳亜種 オス成虫 | 写真2 タカネヒカゲ八ヶ岳亜種 メス成虫 |
タカネヒカゲ八ヶ岳亜種(通称:ヤツタカネ)は、北ヨーロッパからシベリア、日本列島の高山帯に分布するタカネヒカゲのうち、八ヶ岳硫黄岳山荘周辺(標高 2,500m以上)のみに分布が局限する日本固有亜種です。ヤツタカネのほか、国内には近縁な亜種の「タカネヒカゲ北アルプス亜種」が分布しています。
(1)ヤツタカネの生態
幼虫の食草はスゲ類(カヤツリグサ科)で、幼虫のまま2~3年間を過ごすことが知られています。気温が低下する冬期は、食草の根元や石の下などで越冬します。
成虫は、好天時に飛翔し、コバノコゴメグサ(ハマウツボ科)、シラネニンジン(セリ科)等の高山植物で吸蜜します。また、高山の強風下でも飛ばされないよう、または日光浴のため、身体を横に傾ける行動が見られます。
成虫は、好天時に飛翔し、コバノコゴメグサ(ハマウツボ科)、シラネニンジン(セリ科)等の高山植物で吸蜜します。また、高山の強風下でも飛ばされないよう、または日光浴のため、身体を横に傾ける行動が見られます。
(2)ヤツタカネの生息を脅かす要因
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写真3 生息地付近で確認されたニホンジカ | 写真4 草本を被覆するハイマツ |
ニホンジカの食害による生息地の攪乱や食草・吸蜜源の減少、気候変動による影響と考えられる植生遷移(ハイマツパッチの拡大)に伴う好適な生息環境の減少、違法捕獲等により、近年急速にヤツタカネの生息地面積や生息数が減少していると考えられます。
(3)ヤツタカネの現状の評価
急速なヤツタカネの生息地面積や生息数の減少を受けて、環境省レッドリスト(環境省 2020)では「絶滅危惧 IA 類(CR)」と評価されています。
また、上記の評価等を踏まえ、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律 (種の保存法)に基づき、令和3年1月に国内希少野生動植物種に指定されました。その他、 長野県希少野生動植物保護条例で特別指定希少野生動植物に、長野県文化財保護条例により長野県指定天然記念物に指定されています。
また、上記の評価等を踏まえ、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律 (種の保存法)に基づき、令和3年1月に国内希少野生動植物種に指定されました。その他、 長野県希少野生動植物保護条例で特別指定希少野生動植物に、長野県文化財保護条例により長野県指定天然記念物に指定されています。
2.ヤツタカネの保全に向けた取り組み
- 表 1 タカネヒカゲ八ヶ岳亜種保護増殖事業の経緯
(1)ヤツタカネの違法捕獲の監視
- 写真5 自動撮影カメラの設置の様子
(2)ヤツタカネ生息地におけるニホンジカ対策
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写真6 防鹿柵の設置作業の様子 | 写真7 防鹿柵外のニホンジカ |
ヤツタカネの食草や吸蜜植物がニホンジカにより食害されることを防止するために、令和6年6月に防鹿柵(電気柵、総延長1,000m)を新設しました。防鹿柵の設置に当たっては、林野庁東信森林管理署や硫黄岳山荘、長野県、ボランティアなど、さまざまな関係団体・関係者の協力をいただいて実施しました。冬季期間は着雪により損壊する危険性があるため10月頃には撤去しますが、翌年春の融雪後に再度設置することで、継続して防鹿柵によるニホンジカ対策を実施する予定です。
(3)ヤツタカネの生息環境再生に向けたハイマツ剪定試験
- 図1 ハイマツ剪定試験前後の比較
そこで、ヤツタカネの生息に適した草本群落を維持・再生することを目的に、ハイマツパッチ周縁にあるハイマツの枝先を剪定する試験を令和6年度より開始しました。今後、剪定試験区内に設定したコドラートにおいて植生調査を実施することで、ハイマツの枝剪定によりどの程度吸蜜植物や食草が回復するかについて調査し、ハイマツ枝剪定による保全効果を検証していきます。
(4)飼育箱によるヤツタカネ幼虫の保護飼育
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写真8 飼育箱内の様子 | 写真9 飼育箱内のヤツタカネ幼虫 |
これまでの生息状況調査の結果から、ヤツタカネは危機的な状況にあることが明かになりました。そこで、緊急的な措置として、令和6年度に生息地内に飼育箱を設置し、捕獲したヤツタカネ成虫から採卵し、その卵を箱内に格納する手法により、ヤツタカネ幼虫の保護飼育を開始しました。
(5)ヤツタカネの生息域外保全に向けた飼育繁殖技術開発
- 図2 ヤツタカネの生息域外保全の流れ
そこで、ヤツタカネと比較して絶滅リスクが低く、近縁で生態が近いと想定される北アルプス亜種を用いて、昆虫飼育施設や専門家の協力を得ながら、飼育繁殖技術開発に取り組んでいます。
- ※ 生息域外保全:
- 絶滅危惧種をまもるため、安全な施設に生きものを保護して、それらを増やすことにより絶滅を回避する方法